コラム「生保の課題は本当に『不正受給』なのか(前)」

「月刊ヱニシ」というウェブマガジンで熊田さんと一緒に連載コラムを持たせていただいているご縁でこちらのメルマガへ誘っていただきました、霧山月世と申します。医療ライターの経験はありませんが、「社会と医療の接点について一般人目線でトピックスを」とのことですので、それならオレにもできるかな、ということで引き受けさせていただきました。

 初回のテーマとしては何がいいかな、と考えたのですが、先日の自民党総裁選で石原伸晃候補が「ナマポ」「8000億円削減」等の発言で物議を醸したことでもあり、生活保護制度についてお話をしようと思います。この動きは、吉本所属の某人気芸人の母親の生保受給を、片山さつき議員が実名を挙げて「不正受給」と批判したことが発端であることも記憶に新しいでしょう。そのような動きの先に、生活保護基準額の引き下げも検討されているという情報がネットに流れたりしています。

 こうした政治の動きを見る限り、生活保護の不正受給は年々増大しており財政を圧迫しているという感想を抱くのも自然でしょう。しかし、本当に生活保護の不正受給はそんなに増大しているのでしょうか。そして、現在の生活保護制度が抱える中心的な課題は不正受給の問題なのでしょうか。

 生活保護の受給率は1990年代半ばから上昇に転じて、現在約150万世帯200万人以上の人々が生活保護を受給しており、これは過去最多の水準です。金額で言えば、2011年の支給総額は予算ベースで3兆4000億円という膨大な金額に上っています。では、そのなかで不正受給はどの程度の割合なのかと言えば、金額ベースで0.3~0.4%程度です。それでも100億円程度の金額に上るのですから、決して少ないとは言えないでしょう。

 しかし、この世のすべての人間が善人や正直者ばかりではないのですから、すべての社会制度は一定数の不正を織り込んで設計されているもので、不正を低水準に抑えるべく継続的に努力が為されるべきものです。その意味で、全体の0.4%程度の水準は十分に許容範囲であると考えられますし、暗数を想定したとしてもこの10倍以上ということはあり得ません。

 さらに生活保護受給世帯の内訳を見ると、高齢者・障碍者の世帯が大半で、この両者を合わせて80%近くになり、この内で高齢者は少子高齢化の進行と年金破綻の問題から増加の一途が見込まれます。実際に障碍者の割合は減っていて高齢者の割合が増加していますから、障碍者の受給は一定数に留まり高齢者が突出して増えているということになります。

 残りが母子世帯とその他世帯で半々程度の割合ですが、長引く不況で、従来は主流的な受給者層とは見なされていなかった「その他世帯」の若年失業者が増加していくと見られます。生活保護受給世帯の増加は主にこの二つの要因によるもので、不正受給の件数や金額が上昇したのは、大本のパイが拡大したことが原因です。不正受給の増加それ自体が社会保障費を圧迫しているという認識は、妥当ではないと言えるでしょう。

 では、不正受給と呼ばれるケースとは本来どのようなものでしょうか。最も多いのは収入金額の申告漏れです。生活保護受給者は福祉事務所に対してすべての収入を正確に申告する義務があり、給付金から収入が差し引かれます。収入を申告しなかったり、過少に申告して余分な給付金を受け取った場合は、不正受給と見なされます。また、疾病や障碍などの「働けない理由」を偽って申告した場合は不正受給に該当します。

 それに加えて、生活保護制度自体を悪用した不正もあり、たとえば暴力団組員による組織的な生活保護受給や、ホームレスを集めて生活保護を受給させ搾取するいわゆる貧困ビジネスなどがあります。これは、本来生活困難者を支援する目的の制度に注ぎ込まれた公費が、適正な目的以外に流れていくケースと言えるでしょう。

 前述の人気芸人の件に関して政治家やマスコミが「不正受給」として批判していたケースは、実は不正に該当するものではありません。この人気芸人の問題自体、当人の安定した生活が確保される範囲内で親族の扶養を義務づけた民法の扶養義務を拡大解釈したものにすぎず、不正受給とはとても呼べないものです。それ以外でも、たとえば受給者が派手な生活をしていたり、娯楽に興じているというような問題ばかりが論じられています。しかし、これも小宮山厚労相が「給付金の使途に限定はない」と発言していた通り、不正受給とは呼べないものです。

 つまり、現在論じられている生活保護受給者批判の大半は「お金の使い方が気に入らない」という性格のもので、本来の意味での不正受給についてはほとんど言及されてさえいないというのが現実でしょう。

(次号へ続く)

 

 

霧山月世(きりやま・げっせい)

霧山月世

1961年生まれ。
ライター・校正・編集
企業広報物の編集業務に忙殺されるかたわら細々とライター業を営み、数年前から生業の主軸を校正業に移す。
ネットの世界では90年代半ばから積極的に活動しており、真っ黒な字面の長文でさまざまな分野の諸問題を饒舌に論じることで一部界隈に知られている。