「本人より、人間関係と生活環境に焦点当てて」~障害者の性問題、ホワイトハンズ坂爪代表

坂爪真吾ホワイトハンズ代表
坂爪真吾ホワイトハンズ代表

 「性そのものではなく、背後にある人間関係と生活環境に焦点を当てて、考えてください」。身体障害者に射精介助サービスを行っている一般社団法人「ホワイトハンズ」の坂爪真吾代表は6月2日、医療について考える市民団体「メディ・カフェ@関西」とパブリックプレスの共催イベントで参加者に訴えた。障害者が抱える性の悩みは、本人のみに焦点を当てても解決しづらいため、周囲の環境や人間関係の中で糸口を見つけていくべきという。公に語られることの少ない障害者の性の問題について、私たちはどう考えたらいいのか。当日のワークショップの内容をお届けする。

 メディ・カフェ@関西は、医療に関わる様々なテーマについて、医療者や一般市民を交えて自由に語る会を関西で行っている。これまでに、周産期医療や在宅医療、軽犯罪を繰り返して収容される知的障害者の問題などを扱ってきた。今回は、「尋常ならざるセクシャルトークセッション」と題して、普段“タブー”にされがちな「障害者の性」がテーマ。「普段考えることのない、障害者の性というテーマについて、考えるきっかけにしてもらえればと思いました」(山根希美代表)。


 講師の坂爪氏が代表を務めるホワイトハンズは、脳性麻痺など重度の身体障害によって自力で射精できない人を対象に、射精介助サービスを行っている。利用者は国内に累計387人、スタッフは20人。風俗業でしか性のサービスを受けられない現状に疑問を抱いた坂爪氏が、2008年に新潟市内で立ち上げた。活動には賛同の声も多い一方で、障害者の性に対する社会の理解は低く、否定的な意見もある。性に関する正しい知識を普及啓発する活動も行っており、「性の情報を得るためにアダルトビデオなどの選択肢しかない状況が問題。最初の性行為に対する何らかの支援が必要で、その選択肢をホワイトハンズが提供できれば」(坂爪氏)という考えから計画された、性行為経験のない成人男女を集めた2泊3日のセックス“実習”は、一部報道で取りざたされるなど物議を醸し、無期限延期になった経緯も。坂爪氏は「公教育の中で性教育ができない現状があり、文科省にそれを言っても変わらない。だから、地域でNPOが性教育をやっていくしかない」と、誰もが当たり前に「性の健康と権利」を享受できる社会の実現を目指したいと語っている。

 

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 当日は、ワークショップ形式で事例を議論。坂爪氏が実際にあった5つの事例を紹介し、21人の参加者は4グループに分かれて話し合った。

 以下が、事例と参加者の意見、坂爪氏のコメントの概略。

①    知的障害児のバス通学
知的障害のK君(16歳男児)は通学時に市バスを使う。隣に若い女性が座ると興味を示すようになり、ある日女子高生の髪の毛を引っ張ってしまった。このことがインターネット上で騒がれ、様々な意見のコメントがついた。自分がK君の両親なら、K君の通学をスムーズにするためにどんなサポートを考える?

参加者からの意見
・ガイドヘルパー(外出支援のヘルパー)を頼んで、通学に付き添ってもらう。
・どのバスにK君が乗っているかを非公式にアナウンスしておく。
・K君と親しい学生の友達に、通学をサポートしてもらう。

坂爪氏のコメント
こういう問題を考える際、本人に焦点を当てるとうまくいかない場合が多い。周囲の人たちや環境に力を貸してもらった方がうまくいく。K君の場合は、それ以前には彼を温かく見守る雰囲気があったのだから、その人たちの力を借りるのも一つ。ガイドヘルパーも考えられる。周りのサポートの仕方を変えていくことで、解決案を考えられる事例。

②    頚椎損傷の男性が一人でアダルトコンテンツを見るには?
この春から一人暮らしを始めたTさん(29歳男性、頚椎損傷)は、親元から離れたこともあり、インターネット上のアダルトコンテンツを視聴したいと思っている。自分がTさんなら、気まずい思いや恥ずかしい思いをせず、介助者に迷惑をかけないで視聴するため、どういう工夫をする?

参加者からの意見
・パソコンの入力支援ソフトの購入。
・本人にはためらいがあるようだが、男性ヘルパーに相談することを考える(本をめくってもらう、アダルトビデオを借りてもらう、など)。

坂爪氏のコメント
最近はweb環境周辺機材が充実しているため、音声認識のあるiPadやスマートフォン、パソコンのソフトを考えるのは一つ。CS放送のアダルトコンテンツ専門チャンネルの契約を考えるのも手。ただ、この場合は本人の環境に焦点を当てていることになる。それよりも、男性ヘルパーの助けを借りるのが現実的。人間関係をライフラインとして考えることが大事。

③    脳卒中患者の性生活
脳卒中による右半身麻痺のあるNさん(59歳男性)は、後遺症による精神的疲労や勃起力低下、性的自信の喪失などから、妻との性生活がうまくいっていない。自分がNさんの担当ケアマネジャーだったとして相談を受けたら、なんとアドバイスする?

参加者からの意見
・話してくれたことに感謝を伝え、親身になって話を聞く。その上で、性行為が可能かどうかなど、主治医に相談する。
・本来は医師の方から性生活もどうかと聞いてあげるべきだが、多くの医師は関心がない。

坂爪氏のコメント
共感的理解を示し、親身に話を聞くことでかなり本人は救われる部分があると思う。また妻がどう思っているかが今回は出てきていないが、配慮も必要では。筋ジストロフィーの患者からもセックスレスの相談を受けることがある。健常者と同じように障害者も性の悩みを持っているが、そこには日が当たらないというギャップがある。

④    父親から性的虐待を受ける知的障害児
知的障害のあるKさん(15歳、女児)が最近、学校で男性に頼みごとをする際に、乳房を露出して性的に迫ることがある。担任教師が理由を探ると、父親の性的虐待が背景にあることが分かってきた。自分が担任なら、彼女をどうサポートする?

参加者からの意見
・父親にKさんの状況を手紙や面談などで「相談」。「虐待だ」と言って責めると、Kさんへの行為が一層ひどくなるかもしれないため、父親の気付きを促す。

坂爪氏のコメン
虐待だと言って詰問するのはリスクが高いため、「気付き」促すのは一つの手。母親も気づいていないことはないと思うため、そこに何らかの問題のある可能性も考えられる。

⑤    性風俗・AV出演のあっせんは、「福祉」か?
障害のある女性をアダルトビデオや風俗業に紹介することを仕事にしている男性(精神疾患、作業所経験あり)は、自分の仕事を「慈善事業」だと主張する。「障害者を施設に入所させ、売れないパンやクッキーを焼かせ、ガラクタをつくらせ、時給は100円以下では『福祉』とは言えない。AVでも風俗でも、自分で稼いで好きな暮らしをさせる方が『福祉』だ」という主張に、自分が特別支援学校の教員だったとしたらどう答える?

参加者からの意見
・「時給100円以下の作業所」と「AV・風俗」という極論対局極論になってしまっている。普通に就職するという道を考えられないか。
・男性本人の精神疾患も問題

坂爪氏のコメント
軽度知的障害者などの場合、学校を出た後、社会に居場所がないということが根本的な問題。福祉を受けた経験のある人の中には、福祉を“敵”と思っている人もいるため、この男性自身も被害者といえる。また、アダルトビデオ出演や風俗業というのは、継続的な仕事とは言えないため、福祉とは言えないだろう。男性が「女性を助けている」と思っている論理を覆すような反論を返すことはできるのでは。

 坂爪氏はワークショップ中、「性は、その人の人間関係と生活環境に関わっているものなので、本人だけに焦点を当てると、問題が見えづらくなります」と述べ、性の悩みを抱える本人に焦点を当てて解決しようとするのではなく、本人を取り巻く人間関係と生活環境から解決の糸口を探ってほしいと強調。そうすることによって多くの問題は解決できるとした。「性の問題はみんなの問題。自分たちの生活の地続きであるということが伝わったらいいと思う」と語った。