「経済効果」と「命」、どちらを選ぶ? ―鈴木寛民主党参院議員インタビュー

鈴木寛参院議員(民主)
鈴木寛参院議員(民主)

 性教育に関する取材のはずが、思わぬ方向に話が進みました。元文部科学省副大臣の鈴木寛参院議員は「教育内容に何を重視するか。それは結局、価値観を選ぶこと。経済成長を大事と思うか、命を重視するか。国民の選択次第」と語ります。参院選を控え、政治について考える興味深い素材だと思ったため、インタビュー内容をお届けします。

 

<取材背景>

7月10日に発売される月刊誌「文藝春秋」に、不妊治療に関する記事を書いています。企画当時は不妊治療ではなく、妊娠・出産機能に関する一般女性の知識や意識、性教育にまつわる話などを書くつもりでした。その頃にインタビューした内容です。

 

■事なかれ主義の性教育

――今の性教育は、避妊の知識が中心です。妊娠・出産の適齢期に関する教育が抜け落ちてしまっているのは、なぜですか? 教科書の元になる、学習指導要領にはそれらしいことは書いてありますが。


どこまでを「性教育」と言うのか、という問題があります。伝統的には家庭で、母から子へと伝えられてきました。しかし、家庭内で避妊のことは教えづらいと。だから男女交際など社会的な知識も含め、学校教育が担おうという役割分担になりました。性の若年化もあり、ニーズが高かったのです。教科書上では書き方のトーンが、すごく微妙になる内容です。書きづらかった雰囲気もありました。このため、医学的事実を淡々と書くにとどまってしまっていました。一方で男女共同参画の考えがあり、田嶋陽子元参院議員のような一部の学者から「女性は子を産む機械ではない」と反発を受けます。前の厚生労働大臣の「産む機械」発言問題もありました。出産と女性の役割を巡って、近代は不幸な論争が多かったです。巻き込まれないためには、なるべく書かないか、最小限にとどめる。批判をかわす一番いい策です。教科書は書ける範囲が中途半端なので、下手すると批判を招きます。諸々を考えて、必要最小限にとどめようという判断に傾きがちな流れがありました。家庭内で伝えることであり、学校教育で火中の栗を拾うようなことはしなくていいと。誰かが何かを具体的にそうしたんじゃなくて、執筆現場で自然に想起されたのでしょう。


――自民党は性教育に反対しているため、生殖に関する知識の普及啓発が進まないという懸念を聞きますが。


山谷えり子参院議員が性教育の教科書などを取り上げ、「性の若年化を促進する、伝統的な日本の価値観を破壊する」と主張しておられることは事実です。性教育というと、山谷さんと田嶋さんに挟まれて攻撃されたわけです。一部のフェミニズム論者からの批判の火種を作るのは控えようというムードがあったのは、事実でしょう。ただ問題の根本は、性教育の記述ではなく、「加齢によって、あらゆる諸機能は低下する」という健康リテラシーの理解不足です。生殖機能だけでなく、運動や心肺、代謝などあらゆる機能の低下についてきちんと教えるべきと思います。私は以前から、教科「健康」をつくって、それも含めて教えていくことが必要だと主張しています。性教育批判の議論に巻き込まれないようにするためにも、有効な方法だと思います。

 

■「教育が悪い」では変わらない

――なんでもかんでも「教育が悪い。文科省が悪い」と、教育のせいにする雰囲気が、国内にあると思います。これは、考えることをやめてしまっているだけに見えるのですが。


多くの方が、僕に対して「教育が悪い」と言いに来られます。しかし、スケープゴートを見つけてそのせいにするのは、思考をストップさせてしまっているだけです。悪循環をどうやって直すかを、考えるべきなのです。教育は文科省がやると思っていることが間違いです。例えば性教育なら、医療者にもできることがあります。全員がフル活動する必要はなく、エネルギーの数%を割くとか、グラデーションでやる方法があります。医者は約25万人。13歳の女児は50万人です。医師が年間に誰でもいいから二人には話すと。10分もあれば終わるでしょう。それで十分できます。医療者全体なら600~700万人いますから、もっと効率よくできる方法があるはずです。医師会は学校保健医活動をしていますから、検診前に10分話すとか。待ち時間にポスターを見えるところに貼るとか。国内に1万校ある中学校にポスターを配ることもできるでしょう。方法は、いくらでも考えられます。

 

■「何を教えるか」を整理する人がいない

――性教育だけでなく、他にも環境問題、消費者教育、インターネットなど、子どもたちに必要な知識はたくさんあり過ぎます。国は、その辺りの整理をどう考えているのでしょう?


社会の変容により、子どもたちが生きるために必要な知識は増えています。そのプレッシャーの最たるものが英語です。ほかにも環境教育、情報教育、健康教育、消費者教育、メディアリテラシー・・・、それぞれの分野が「自分たちが一番大事だ」と言うし、どれも大事です。ただ、小中高のどの段階で、どれぐらい教えるのか、という交通整理ができていません。やる人がいないのです。文部科学省にある専門部会は、各教科代表の合議体です。各委員は自分の分野が大事だと思ってるから、バイアスをかけるのはとても大変です。国家が「何が大事か」を決めることは、大論争になります。価値観の選択ですから。教育権は国家にあるのか、国民にあるのか、はたまた教師にあるのか。社会党や共産党は教師と。自民党は国家と。民主党は、国民の学習権の増進が大事なので、学び方を学ぶと。

 

■「経済成長至上主義」の自民党
――教育の内容に何を優先するかは、政権与党の考え方によるわけですね。


自民党は、経済至上主義の功利主義的立場です。命より経済を大事にするので、極端に言えば、その中で何人か死んでしまうのは仕方がないという考えです。経済成長のためには、体を壊してでも残業してもらった方がよいと。よき労働者に育つための教育になるわけです。だから、原発稼働も推進する。経済上の数字で表せる利益がリスクを上回ればいいのです。自民党政権に戻ってから、その考え方が復古してきています。

 

――なるほど。高市政調会長の発言(※)は許されないものではありますが、その考えからすれば筋が通っているとも言えると。経済成長のために原発を動かす。そのためには、多少の犠牲もいとわない、という考え。

(※)自民党の高市早苗政調会長が6月17日、「原発事故によって死亡者が出ている状況ではない」と発言し、物議を醸した。

 

■「命が大事」の民主党
経済至上主義は、障害者や高齢者を切り捨てます。戦後そうやって進み、社会党は若干スピードダウンさせたけど、与党にはなりませんでした。2009年に「コンクリートから人へ」を謳う民主党が政権与党になったことで、史上初めて経済至上主義から、命を大切にする政治に転換しました。民主党は脱物質文明なので、功利主義に立たない、共生社会を目指します。命にかかることが経済より大事なので、健康や環境の教育が大事です。定量化できない価値があり、仮に定量化しても人間の命は無限大だという主張なので、計算が成り立ちません。だから、自民党と論争になります。戦争に勝つためには戦死者は出る、それを容認するのかどうか。命の価値をどう置くか、ということです。

 

■「アベノミクス」は外国人投資家を喜ばせるため
――しかし、民主党は政権を自民党に奪われました。


経済成長の洗脳が強過ぎたことも要因の一つです。これまでの教育は、経済至上主義を強調しました。社会全体が競争社会であり、家庭、テレビ、街中などあらゆる場で「経済成長が幸せをもたらす」という観念が循環しています。ほとんどの要因はメディアです。「ジャーナリズム」と「商業メディア」という分かれ目があります。ジャーナリズムは、真実を伝えて議論の素材を提供します。結果、熟議されて世の中がよくなります。近年は商業メディアが増えました。彼らは、視聴率を稼げて、スポンサーが付いてくれればよいのです。間違っていても、ステレオタイプを活用して視聴率を上げます。「アベノミクス」で株価が上がって得するのは経営者と株主です。残念ながら、半分以上が外国人投資家です。テレビのスポンサーも外国人投資家関係企業です。「アベノミクス」は、株主による株主のための経済政策なんだ、ということに気付かねばなりません。商業メディアはまるで一般市民にも恩恵があるかのように「給料が上がるかもしれない」などと言って、国民に実態を知らせません。外国人投資家など、一部の層に利益をもたらすための仕組みです。国民はそれを知らされず、なんとなく雰囲気に呑まれています。

 

 

■それは、「コスト」? それとも「豊かさ」?

――経済成長というものの本性を、見抜かなければ騙されたままになると。メディアの情報に振り回されてしまっていますね。自分自身がどう生きたいのか、自分に向き合うことが大切だと思います。


国民が自分たちの命をどう考えるかという価値を持っておかねばなりません。妊娠・出産について言うと、個人の所得だけ考えたら、子どもを持つと、生涯所得は減ります。育児は大変で、働く機会も奪われます。その考え方が進んで、DINKS(Double Income No Kids)が一番良い、という考えが一時期はやりました。経済合理性からすれば効用最大化行動です。でも、子どもを持つことは、「コスト」なのでしょうか? 社会保障の議論でも言えることですが、高齢者医療について、経済至上主義は「コスト」捉えます。僕らは「尊厳、幸せ、豊かさ」など、カウントできないもので捉えます。それは価値観なので、一人一人が何を大事だと思うのか、自分自身に向き合って、考えてもらいたいと思います。

 

――教育問題を考えると、政治哲学に行きつくのですね。


どの問題も、結局この議論に行きつきます。世の中に、合理的で効率的で、皆が幸せで、何の負担もなくてもいいかのような幻想がまき散らされてきたことがいけないのです。幸せの裏には、苦労や負担があります。その現実に、しっかり目を向けてもらいたいと思います。その上で、自分なりの価値観を持ってもらいたいと思います。

 

(おわり)