バブル期の女性が”被害者”~産婦人科クリニックさくら・桜井明弘院長インタビュー③

桜井明弘産婦人科クリニックさくら院長
桜井明弘産婦人科クリニックさくら院長

筆者は月刊誌「文藝春秋」8月号に「『不妊治療大国』日本の悲劇」という記事を書いています。その中で取材した桜井明弘医師(産婦人科クリニックさくら院長)のインタビューです。非常に興味深い内容でしたが、誌面では少ししか書けていないので、こちらに全文を掲載します。

 

①卵子凍結、どこまでできる?

②卵子提供・代理出産の問題とは

 

■効率の良い助成を
――不妊治療に対する公的助成に年齢制限が付きそうですね。

不妊カップルの中にはお金がない人もいます。「アベノミクス」と言いますが、まだまだ一般世帯の収入増にはつながっていないです。妊娠・出産にはお金がかかるし、不妊治療をしたらなおさらです。だから、もっと公的助成を広げてほしいと思います。ただ、効率の良い助成の方法はあると思います。例えば45歳の女性に助成してもほぼ望みがないので、今回のような年齢制限も必要だと思います。イギリスやフランスでもやっていますしね。せっかくお金を使うなら少子化対策として効果のあるところにつぎ込まなくてはなりません。将来を担ってくれる子どもになるといいし、その子に福祉が必要ならそこに使ってほしいと思います。年齢制限があれば、その年齢に近くなることで焦りにもなるでしょう。僕も、ここに来たら妊娠できるかなと思ってきたカップルに「42歳になったら妊娠はできないです」というのは心が痛いです。そう言われちゃうかな、という表情の人もいれば怒り出す人もいます。「なんでそんな私の年齢のことを言われないといけないの」という自覚の乏しい方もいます。日本はそこに対する教育がされてきていませんでしたからね。

 

――不妊治療への助成も大事ですが、育児支援ももっと充実させないと、働きながら苦労している女性が多いと思います。

両輪でやっていかねばならないことです。女性が社会進出して子どもを作らないのは、女性が悪いのではありません。キャリアコースからドロップアウトするのが怖くて踏み切れないのです。彼女たちが安心して妊娠・出産できる社会環境、仕事に復帰できるシステムがあれば、安心できます。僕も子どもを育てていますが、働きながら子育てするのは大変です。保育園が足りないし、入れたとしても病児保育のないところが多いので、熱が出たら迎えに来るようにと連絡が来ます。業務時間内に子どもを迎えに行ったり、家に連れて帰ったりできるような仕事はないでしょう。そういう基盤づくりが全く進んでいないと思います。

■日本の性教育は「避妊教育」
――女性たちからすると産み育てる環境も整っていない、そして産めなくなる年齢も教えてもらっていない。これでは少子化は改善されないと思います。私自身も、この仕事をしていなかったら、きっと妊娠・出産のことなんて考えないで過ごしていたと思います。

日本の性教育は「避妊教育」だったと言えます。「赤ちゃんが作られる仕組みはこう。じゃあ作らないためにはどうしたらいいか。若い君たちがセックスするならコンドームをしなさい」「性病は怖いんだよ」というようなことは一通り教えます。でも、お母さんになるにはいつがいいのか、という教育がなかったのです。

――その通りだと思います。私もそういう話は聞いた覚えがありません。

だから、女性は生理があると子どもができると思っています。例えば、50歳の人が「昨日避妊に失敗してしまって、緊急避妊の薬をください」と言って来院することがあります。できないとは限らないので薬を出しますが、一般の人たちはそういう感覚なんだな、と思います。47、8歳になって不妊外来の門をたたく人もおられます。僕は開業してからこの6年間、年齢が高くなって不妊治療を始めた人たちとの“闘い”だったと思います。

■「誰も教えてくれなかった」
――印象に残っている患者さんはおられますか?

当時、42歳の患者さんがいました。治療していく中で、全然排卵しなくなったので血液検査をしたら、閉経に近いホルモンレベルまで悪くなっていたのです。すると「誰もこの年で妊娠しなくなるなんて教えてくれなかった、テレビも、新聞も」と大泣きされたのです。僕は「まともな情報に当たったことのないあなたも、目をつぶってきた周りも悪い。でも確かに情報は少なすぎる」と思いました。僕たちもとても歯がゆい思いを抱えています。42歳の女性が外来に来たとして「5年経っても全然子どもができなかったので今日初めて来た」と言うのを聞くと、「なぜ3、4年前か、そう思った5年前に来てもらえなったんだろう。その頃だったら妊娠できるようにできたのに!」と思います。その人の選択でもあるけど、事実を知らされなかったし、教えなかった社会の問題です。そういう情報のない時代に仕事をさせられてきたので、40歳以降の女性たちは”被害者”だと思います。

――ちょうどバブル時期を過ごしていた女性たちが、すっぽりと抜けてしまっているのですね

マスコミの影響もあります。高齢出産した芸能人がカミングアウトして報道されると、人間は物事のいい面しか捉えませんから、「私も40歳や50歳になってもできるんだ」と思ってしまいます。野田聖子さんが50歳で出産したという報道があった頃、患者さんから「50歳ですが、私もできるんでしょうか」という相談を受けたことがあります。報道の仕方にも問題があります。野田さんが50歳で産んだというところばかり強調されて、卵子提供でないと産めなかったということや、費用負担、渡米などそこに至るまでの背景や苦労話はほとんど伝えられていません。野田さんは、御自身が卵子提供受けたということを材料にして、国民や国会が議論して、やっていいことなのか悪いことなのか、国内でもよしとするのかどうなのか、身を挺して白黒はっきりさせてほしいと仰っています。その心がけはいいと思うのですが、報道されないのが残念です。

(つづく)

 

①卵子凍結、どこまでできる?

②卵子提供・代理出産の問題とは