「子どもの虐待、ためらわず警察と児相に通報を」~埼玉・久喜市で医療、消防、行政連携の自主勉強会

小児救急勉強会会場の様子(埼玉・久喜市の済生会栗橋病院)
小児救急勉強会会場の様子(埼玉・久喜市の済生会栗橋病院)

「虐待だと思ったら、重症度に関わらずためらわないで警察と児相(児童相談所)に通告しましょう」――。済生会栗橋病院(埼玉・久喜市)で7月2日に開かれた医療者と消防機関、行政の勉強会で金子裕貴医師が訴えた。子どもの虐待は年々増加しており、虐待の疑いのある子どもの救急搬送に関わる救急隊や医療者からの通報が早期解決の鍵を握っている。

 同病院は小児科医と消防機関の連携に関する勉強会を定期的に開いており、これまでにも学校教諭や児童の親も参加したアナフィラキシーショックの勉強会などを行ってきた。医療機関と消防機関、テーマによって教育機関や行政なども参加するめずらしい勉強会だ(詳しい説明はこちら)。

 

■テーマは「児童虐待」

 今回のテーマは「虐待を知り適切に行動する」。同病院のほか近隣の医療機関の職員、救急救命士や救急隊などの消防職員、行政関係者など約130人が参加した。

 

 2012年度に全国の児童相談所で対応した虐待相談は66807件と過去最多を更新。救急隊は虐待を受けた疑いのある子どもを医療機関に搬送する場合があり、診察した医療者が救急隊からの情報を得て児相や警察に通告することで早期解決につながる可能性がある。特に住居の環境や家族の様子、本人の振る舞いなどは現場でしか得られない重要な情報だ。

 

 副院長の白髪宏司氏は今回の勉強会の意図として、「救急搬送で虐待が疑わしい時、救急隊がどう医療者に伝えるかが重要。ただ、救急隊から医療者に伝えにくい雰囲気があったり、そうかもしれないと思っていてもためらって後回しになることもある。医療者も救急隊からゆっくり言ってもらうと受け入れは変わってくると思う。救急隊が通報を受けて現場に行った時の雰囲気や家の状況を伝えるシステムがあればと思っていた。誰も通告するのには抵抗があると思うが、そのハードルを下げるとっかかりにしたかった」と話した。また「医療者は虐待に出遭った時に声を上げることが大事。社会の一員として虐待の連鎖にならないようにしていく責務がある」と、医療者が通告することの必要性を述べた。

 

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≪救急搬送事例:向精神薬を誤飲した12歳男児≫

 

最初に埼玉東部消防組合消防局の職員が、父親に処方されている向精神薬を誤飲した12歳の男子児童の搬送事例を報告した。以下はその要約。

 

・母親から20時半頃に119番通報があり、救急隊が駆け付けると男子児童の姉が自宅前にいて、2階子ども部屋に案内した。父親と母親は1階居室にいて声をかけたが、出てこなかった。

・男子児童は子ども部屋の中をうろうろ落ち着きのない様子でいて、救急隊からの質問には答えなかった。

・救急隊が母親に尋ねると、朝起こしても起きなかった。「ベッドに薬が落ちているのをお兄ちゃんが見つけて、いつ飲んだかは分からない。様子を見ていたが、行動が変なので救急車を呼んだ」と話し、男子児童は風呂に入ったり、奇声を発したりしていたという。

・男子児童のバイタル等は問題なかったが、虚ろな状態で、救急隊が全身を観察すると背部に成人の手形、打撲痕を観察した。

・病院の医師による初診名は意識障害で、程度は中等症。

・救急隊が母親に打撲痕について尋ねると、「なかなか起きないのでみんなで背中を叩いた」と話した。

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■会場からの質問 

会場:救急隊として活動する中で、どこでどのようなことを元に虐待を疑ったのか?

 

発表者:現場に着くまでは虐待については考えなかった。車内収容した時に全身を観察して、シャツをめくると背中に打撲痕があったので虐待を疑った。

 

会場:通常なら薬物中毒を疑い、虐待ということは見過ごされそうなケース。救急隊がシャツをめくって背中を見たという観察がすごいと思った。

 

発表者:薬を飲んだかどうかも分からず、児童がなぜこういう状況になったのか分からないので観察した。

 

会場:保護者からクレームをつけられないかと気にならなかったか。

 

発表者:間違っていたとしても、少しでも疑いがあるのならこの子のためにと思った。

 

左から増本幸志氏(埼玉東部消防組合消防局)、白髪宏司氏(済生会栗橋病院)、金子裕貴医師(同)
左から増本幸志氏(埼玉東部消防組合消防局)、白髪宏司氏(済生会栗橋病院)、金子裕貴医師(同)

■「対策なく家庭に返された被虐待児の5%は死亡、25%は重症」金子医師 

 

次にこの男子児童を診察した金子医師が発表。以下はその要約。

 

・全身を観察すると男子児童の顎に痣があり、背中に成人の手のひらによると思われる平手打ちの痕があった。

・尿を検査すると、2種類の薬物を検出。内科医の診察により、父親の常用している向精神薬を誤飲したことによる薬物中毒による意識障害と診断。そのまま入院。

・両親に話を聞くと「本人のベッドの中に向精神薬が1錠あっただけでからのケースも落ちていなかったので、服用した量や種類も分からない」。

・両親ともに無職、生活保護家庭。ネグレクトが疑われた。両親ともに昼夜逆転の生活。母は家事を一切しない。子どもらは普段から満足に食事を与えられていない様子で、男子児童は学校でも朝からお菓子を食べていたりした。母は病院に面会に来ず、父は来院の約束を守らない。

・男子児童は「背中は父に叩かれた、顔は分からない」。父に叩かれたのはこれで2度目と話した。父親は「アイスを勝手に食べたことに怒って背中を叩いた。翌日になっても起きないため、顔を叩いて起こそうとした」。

・薬物中毒と虐待を疑い、児相への連絡の是非も含めて保健センターへ連絡。

・児相職員と警察(少年課)と男子児童が面談。男子児童は怪我について「全く覚えていない」と入院直後と違う発言。警察は男子児童を児相に連れていきたいと考えたが、本人が強く拒否したため自宅退院の方針となった。

・児相と警察ともに既に関わっている家族であり対応は迅速だった。ただ、お互いにけん制し合っている印象があり、情報共有が不十分。連携不足を感じた。

・病院が間に入っていなかったら上手く連携をとれていたのだろうか? と思う。

 

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 金子医師は虐待について解説し、養育者に加害の意図のあるなしに関わらず「不適切な養育」によって身体的精神的症状が生じる「マルトリートメント症候群」に注意すべきとし、「マスコミ報道に取り上げられるような悲惨な虐待死亡事件だけが虐待ではない。子どもが不適切な環境で育つことが虐待」と主張。「被虐待児を何の対策も打たずに再び家庭に返してしまった場合、5%は死亡、25%は再受傷し重症となる」と児童虐待に関する論文の情報を述べ、「重症度に関わらず、警察と児相に通告してほしい」と訴えた。

 

医療機関からの虐待の通報チャート

一般医療機関における子ども虐待初期対応ガイド
一般医療機関における子ども虐待初期対応ガイド(日本子ども虐待医学研究会HPより)

 県内の児童相談所の職員も発言。児童虐待の現状や普段の業務内容、通告時のポイントなどを話し、年々虐待は増えているにも関わらず人手が足りず対応し切れていない現状についても訴えた。児相の職員は、「通告をためらわないでほしい。間違っていても責任を問われない。通告が支援の始まりと思ってもらえたら。児相だけではできないことがあるので、よろしくお願いしたい」と話した。

 

 保健センターの職員からは「虐待の”常連”の方の情報を消防の方に少し上げるのも大事かと思う。ある程度情報が行っていれば連携してうまく共有して医師にも伝えられるかと思う」という意見があった。