梅ちゃん先生のティールーム第2回~井上清成・弁護士④“萎縮医療”で損するのは国民

井上清成弁護士(左)と梅村聡氏
井上清成弁護士(左)と梅村聡氏

梅村:僕が市中病院で働いていた時に、医療ミスを起こして、訴えられた医師がいるんです。この話には、医師として割り切れない思いが残っています。彼は外来に来た患者さんに一定の処置をして返したのですが、その方が帰宅途中に亡くなってしまったんです。全く別の原因で亡くなったのですが、僕らからしても、普通の診療では分かり得ないようなことが原因でした。それが裁判になって、その内容を鑑定した医師は「分かったはずだ」と言うんですね。でもそれは結果を知ってるから言えるような内容で、僕らは「後からだったら何とでも言える」と思ってました。後出しじゃんけんで鑑定されたら、絶対に負けるわけですよ。


熊田:それは腑に落ちませんね。


梅村:その事件が起きてから、ものすごく管理が厳しくなってきたと感じています。病院の救急はこうしなければいけない、ああしなければいけないとか。先ほどの医師もとてもいい方だったのですが、彼も現場から去りました。それを見ていて僕が思ったのは、「患者さんがまともな医療を受ける権利が侵害されていっている」ということでした。医療事故によって患者さんが被害を受けて「医療者にその罪を償ってください」という気持ちは分かります。ただ、そういうことが続くと現場はどんどん萎縮して、積極的に医療にチャレンジする医師は少なくなっていきます。萎縮した医療現場では、患者がまともな医療を受ける機会が減ってしまいます。この視点は、実はあまり言われていませんが、医療崩壊の一番の肝なんじゃないかと思っています。


■クレーム受けたくないなら手を抜けばいい

井上:私は弁護士をやってます。それで、色々言われたり怒られたりしたら、どうするか。手を抜けばいいんですよね。簡単なことなんですよ、だってプロですから。引いた姿勢でもっともらしいことを言って、クレームなんかつかないようにやり過ごすことはいくらでもできます。突っ込んでやらなきゃ絶対に勝てないような難しい案件はやらなければいいんです。食べていくには困りませんから。例えば新聞記者でも鋭い記事を書き過ぎてクレームが来るようになったら、抑制すればいいだけでしょ。面白くない穏当な記事を書くだけだからどうってことないわけです。


梅村:筆先三寸、といった具合にね。


井上:病院だって数がちゃんといて質がそろっているかっていうと、そういうわけではないです。そういうところを叩けばどうなるか、もっとひどくなりますよ。そうしていくと、治療や手術をしてもそのうち何割かしか助からないような、そういうチャレンジの必要な医療を受けるチャンスが失われていくだろうということは、自分の世界と照らし合わせれば簡単に分かります。


梅村:そうやって医療現場が委縮し、国民はまともな医療受けられなくなる。


井上:クレームつける人たちには、立派で知的な人たちがいますよね。でも、いざ自分がその立場になったらそうするだろう、みんなそうだろうって思います。怒るのは分かるけど、やり過ぎると何が起こるは、自分の世界に照らしてみれば誰でも分かります。


■本当に大切なら違う方法がある

熊田:「事故が起こったから危険」と言い過ぎて、公園から遊具がすべて撤去された、という話がありますよね。国民の安全を守るため、というより担当者の免責のためではないかと思います。


井上:医療を大切だと思うなら、体制や人材のレベルをどうやって上げていくか、どう量を増やしていくか、そういうことを考える方が先決でしょうと。そしてこういうバッシングがある時に、医療費を削減する政策がたまたま同時に行われたりすると何が起こるか。その政策自体は合っていたとしてもね。結局損するのは国民なんですよ。


(つづく)

 

①警視庁管内で公安担当だった父の影響で弁護士に

②子ども心に見た警察組織の裏側

③“教育崩壊”と“医療崩壊”の構造は同じ